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前編 後編


華劇「雨月物語 菊花の約」前編

【あらすじ】
丈部左門は、友人の家で病気で倒れている行きずりの武士、赤穴宗右衛門を見かける。
左門は赤穴を看病し、その甲斐あって彼は日に日に良くなっていき…

【登場人物】
赤穴:衛守祭(CV:松野太紀)
左門:初生谷浩史(CV:野島健児)
華人:初生谷浩史(CV:野島健児)

華人
「みなさまようこそ。
 今回の舞台の案内人を務めさせて頂きます、華人(はなびと)でございます。
 今回お届けするのは、兄弟のちぎりをかわした男2人の、
 硬く結ばれた友情の物語です。
 学者・丈部左門が、ある日友人の家に行くと、
 行きずりの武士が病気で伏せておりました。
 病がうつるといけないと言って止める友人でしたが、
 武士が苦しそうにしているのをみて可哀想に思った左門は、
 彼の様子を見に、部屋へと入って行きました」

赤穴
「ううっ、苦しい……水……水を一杯」

左門
「水ですね、今すぐに! 心配いりませんよ。ぼくが必ず助けますから!」

華人
「左門はそう言うと、粥を炊いて病人に食べさせ、自ら薬を調合して与えました。
 そうして、数日看病をした甲斐もあり、病人は少しずつ良くなっていきました」

赤穴
「本当にありがとうございます。あの……?」

左門
「あ、ぼくの名前は丈部左門です。大分よくなったみたいですね。本当に良かった!
 貴方のお名前も聞いてもいいですか?
 赤穴 「赤穴宗右衛門(あかなそうえもん)と申します。
 国元の出雲で、城主、塩谷(えんや)様に軍学を教えていたのですが、
 国を離れている間に謀反が起き、塩谷様が殺されてしまいまして……」

左門
「それは大変でしたね。ゆっくり養生してください!
 ときに、軍学とは…ぼく興味あるんです。是非色々教えてください」

赤穴
「本当に色々と、お気遣いありがとうございます……貴方は文学の勉強を?」

左門
「はい! 赤穴さんは文学の方は?」

赤穴
「そうですね、私が良く読むのは――」

華人
「田舎町で修めた学問を論じ合う仲間に飢えていた左門は、
 赤穴が元気になった後も毎日のように彼の元を訪れ、様々なことを語り合いました」

左門
「本当にぼくたちって気が合いますよね」

赤穴
「確かにそうですね。好きな書物を挙げればすべて一致するなど、本当に不思議です」

左門
「ねえ、赤穴さん。ぼく、赤穴さんにお願いがあるんですけど……」

赤穴
「なんでしょう? 私にできることなら何でも言ってください。
 貴方は私の命の恩人ですから」

左門
「あの……ぼくの兄さんになってください!
 ぼく、長男だから、昔からずっと兄さんが欲しいと思ってて……
 赤穴さんこそ、ぼくの理想の兄さんだ……って!」

赤穴
「ありがとう。貴方にそんな風に思ってもらえるとは光栄です。私で良ければ、是非」

左門
「わああ、本当ですか!? ありがとうございます!
 母さんもきっと喜ぶと思います」

赤穴
「……私にはすでに両親はいませんし……
 貴方みたいに賢い弟ができるとは、本当に嬉しいですね」

華人
「こうして左門と赤穴は、兄弟の契りを交わしたのです」

華人
「季節は変わり、家族3人で穏やかな毎日を過ごしていたある日……」

赤穴
「左門、ちょっといいかな」

左門
「なに、兄さん」

赤穴
「私は一度故郷に戻ろうと思う。
 今は塩谷様を倒した尼子(あまこ)という男が国を治めているらしいが、
 国元がいったいどうなっているのか、気がかりで……」

左門
「そっか……でも、また戻って来るんだよね?」

赤穴
「ああ、もちろん。遅くともこの秋には帰ってくると約束する」

左門
「秋? 秋の何日頃?」

赤穴
「9月9日の菊の節句の日はどうだろう。この日にしておけば、忘れないからね」

左門
「それなら、菊の花を飾って、宴の支度をして待ってることにするよ」

赤穴
「ああ、頼む。……じゃあ、行ってくる」

左門
「うん。気をつけて、兄さん!」

華人
「赤穴は故郷である出雲へと向かい、そして、飛ぶように季節は過ぎ――
 約束の9月9日を迎えました」

左門
「今日はとうとう兄さんが帰ってくる! 朝から大忙しだ。
 まずは掃除に買い出しに……」
華人
「朝からバタバタと動き回る左門に、
 『出雲は遠いのだから、赤穴さんも今日帰りつけるかわかりませんよ』
 と母が言っても、どうやら左門には聞こえないようです」

左門
「兄さんは絶対に約束を守る人だよ。だから、必ず今日帰ってくる!」

華人
「左門は、大通りに立って、兄の帰宅を今か今かと待っていました」

華人
「しかし夕刻になっても、さらに夜になっても、赤穴の姿は見えません」

左門
「……母さんはもう、先に休んでて。ぼく、もう一度だけ、通りを見てくるから」

左門
(さすがにもう……いい加減諦めなきゃ。これ以上はキリがないよね)

華人
「その時、わずかな物音に気付いた左門は、音のする方向に目を凝らしました。
 すると、黒い影がゆっくりと近づいてくるのが見えたのです」


前編 後編

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